今週も行っちまったぜ北谷。香奈子が持ってきたマンゴー食って出発。温暖化の原因とか話しながら、週間となりつつあるIshigakijima Kitchen Binでアボガドバーガーをオーダー。アラハビーチでかぶりつく。風邪っぴきなのでコーラにしたが、やっぱ相性はビールがダントツだ。ぬるいビール。犬どもに待機してもらい、夕日を見ながら海で泳ぐ。今日は風が強く波が高い。しばらくしたら冷えたんで、お茶に変更。ふらっと入った、ビーチ沿いのDaisy's Cafeが大当たりだった。犬がいっぱいいるんだが、みんな賢い。店の人も良い人。コーヒー一杯で数時間いたうちら(しかもダメ犬連れ)に、邪険な態度どころか、温かいおもてなし。泣いた。仕事と集中力の話なんかして、彼女との惚気聞いて、思い出すこともなくなったけど、あの悪夢が終わったのはアナタのおかげだって改めて礼を言われ、なんか涙腺が緩んだ。いい顔をするようになったなあ。カフェで偶然にも念願の買い物もできたし、ビーチパーリーにも誘っていただいた。珍しく、通いたいと思う店だ! ゴッパチは行きも帰りも気持ちいいから距離も苦にならないし。とか人に運転させて言ってるわけですが。でも夜のゴッパチドライブは楽しいよね〜? 来週はビーチパーリー二件&オフあるから難しいけど、またいこうねいこうねー。

このカフェは、あのSEA SIDE JET CITY BURGER'Sの隣なわけですが、そっちはマンション建設のため来年の三月に閉店て噂がある。てことはここもそうなんだろうな。店ならみんなで楽しめるのに、マンションで独占しようとする奴ら許せん。あと半年通うぜよ。ちなみにこの店、本家は湘南らしい。ああ、愉快な週末がまた終わってしまった。
2008/08/18 | 島暮らし | トラックバック(0) |
カナコ バ−ガ−も海もカフェもゴッパチも語らいも楽しかった。くつろぎにまた行こう。 マナベ うんうん なくなるまであの店通おうー! コメントを閉じる▲
いくつになっても、いつまでたっても、受身脳にうんざりさせられる。気にかけてくれない、気付いてくれない、手伝ってくれない。人と親しくなりたければまず自ら動け。動かずに自分が気にかけて貰えないって愚痴ったり、私が独り言を発したらら振り向いてねというコミュニケーションは嫌いだ。「あのね、ううんなんでもない」とか何十ぺんも言われるようなもんだ。言いたいことがあんなら聞かれなくても自ら言えよ子どもじゃあるまいし。人への期待を叫んでるやつほど、自分が全く動きやしない。常に被害者。私は辛そうにしてるから、誰か気にかけてね。と。それでまた自称気が利く奴とかがうっかり構っちゃって構ってちゃんが増徴して気色悪い関係ができあがっていくの。無理してる奴に気付いてそれとなくフォローしとくとかは普通だと思うんだけどさ。そういうお互いが自己アピールのために自作共演しあってるのとか、まあ勝手にやっててくれる分にはいいけど、巻き込まれたときとか泣ける。

なんで自分だけが特別に例外的に誰も彼もの関心を集められると勘違いしてしまうんだ? 面倒臭い奴でも、話の通じない奴でも、迷惑な奴でもいいよ。真っ直ぐぶつかってくるなら、寄りかかってくるなら、こちらも真っ直ぐ相手をしようと思える。したいと思う。それで最終的に分かり合えなかろうが、無駄な時間を過ごしたなんて思わない。自分で決めて動いてんだから誰のせいにもできないだろ。でも、自分はなにもしないで、伝えることも、意思表示も、礼も、謝罪も、不満を言うことさえしないで、分かってくれないおれ可哀相被害者っていうのは全然違う。勘違いもいいとこだ。こっちもエスパーじゃないんだから。仮に全然分かっちゃうとしても、なんでこっちから何でも肝でも歩み寄ってやらないといけんの。たまにはいいけど、毎度毎度はやってられないというか、やってもいいけどアホらしい。大事なことなら特にね。そんな一人相撲みたいな関係にうっとりできるほど目出度くもないんで。単に都合のいいやつだったんだよな。これほど受身脳が嫌いだと騒いでいるのに、敢えてそうでるってことは、そもそも私の好き嫌いなんて聞いてねえしどうでもいいし、お前なんか便利なだけなんだから自己主張とかしてんじゃねえぞってことだよな。そうですかそうですか。惜しかろうがなんだろうが、無理だわ。やっぱだめだわ受身脳は。これはもうこういうものと割り切って生きてくしかないらしい。
2008/08/16 | 心にうつりゆくよしなし事 | トラックバック(0) |
先月の旅で、大破した財布の代わりに、コンビニのビニール袋を使用し始めてからひと月・・ ちこっと早めの誕生日が聡子から届いた! 毎年酒だったもんで新鮮だ。前の韓国財布を二代で十年近く使ってたから、新品はまだ違和感。でもがま口の希望にも答えてもらったし! あゆみ嬢と二人で選んでくれたらしい。大変だったろうなー探すの。気に入ったよ。ありがとう!

ManabitCH

ManabitCH

ManabitCH


昨日はウンケーだった。島人は午後からなんとなく落ち着かず、みんな急いで帰っていく。残業してると遠くでエイサーが聞こえる。祭りなのに自分とは無関係。こういうの寂しいもんだ。とても真っ直ぐは帰れず、じゅーしぃを食しにぶらんきぃへ。いつものふーちばーじゅーしぃだけど、ウンケーに食べればウンケーじゅうしぃだ。同僚さんも三人顔出してくれた。久々に会うオカマが数人。寂しい思いもせず、旨いもん食って飲んで騒げた。いい夜だ。昌子が母と一緒に父さんを迎えた話を聞いて、盆て素敵な行事だなと思った。生まれてこのかた迎える状況になったことがないから、いまいち知らなかった。そう思うと、家ってのは代々受け継がなきゃいけないもんに思えてくる。だって父さんや母さんはどこに帰るんだ? 私を探してくるんじゃなくて、やっぱりあの家に帰るんだよな。明日はウークイ。エイサー観るどー。
2008/08/15 | 島暮らし | トラックバック(0) |
内地は盆休みらしい。こんな夜は派手にやりたいなと思いつつ、時間が流れていくのを無駄にみていたら、香奈子と彼女さんにお呼ばれした。久々の店は、なかなか賑わっていた。体が未だにおかしく、飲むことや食うことに抵抗があったけれど、難なくがぶがぶ飲んで騒げた。念願のラーメンも食い、カラオケに合流。朝まで騒いだの久々だ。彼女さんの隣で、安心しきって甘えたり拗ねたりする様子をみていると、なんでかこっちまでほっとする。人間歩いていればどこかにたどり着けるんだな。

翌日、買い物に行き、布団を干し、昨日いただいたゴーヤ入りのそーみんちゃんぷるーをつくる。相変わらず不味い。犬どもの毛を刈り爪きり洗う。どきんさんが口輪なしで爪切らせてくれた!初めて!嬉しい!ここ数日のお触り訓練の成果だ!信頼関係が築けているのか!? しかし散髪は失敗。香奈子にワカメカットと呼ばれる。ばあちゃんが電話くれた。可愛いな。午後から恩納の海を目指し北上するも、道中、昨日の面々と茶などしてたら北谷止まりに。旅行者に縁があるよねと話した。旅先で少しだけ関わっていくのは、楽しいことかもしれない。BINのバーガーは相変わらず激旨い。なんか幸せな味だ。気が逆流した時の呼吸法を習う。落とす感じだそうだ。難しい。こんなこと無縁だと思っていたのにな。老いとは恐ろしいもんだ。人をみてうへっと思うのはやめるよう努めてみたいと思う。そういうのに疲れた。良いとこばっか探してよう。でも昔もやってたなそんなこと。それに疲れてこうなったんだろうなきっと。まあ波だな。交互にくんだろうな。仕事ほっちゃって逃げ出したくなる。朝家から出られなくなる日が来るんじゃないかと思ったりする。全部閉じて、無責任に引きこもって怠惰に暮らすこととか考えるとうっとりする。やったら絶対楽しくないんだろうが、楽しそうに思えたりもする。明日から頑張るぞ。なんとしても頑張るぞ。たまには頑張ってる自分とか見てーぞ。

ハンビーのナイトマーケットは縮小しつつも健在。露店を抜けて、夜のアラハビーチへ浮かぶ。月と星と観覧車とビーチタワーと香奈子の影しか見えなくなる。夜のアラハビーチはきっと二度目だ。一度目は十年前だったろうか。まだ北谷がアジアの匂いだった頃。夜の海はいいな。水もまだ冷たくない。いつも生きてるのとは違う世界みたいだ。ずっと浮かんでたかった。
2008/08/11 | 島暮らし | トラックバック(0) |
かなこ やったね>ドキン
夜の海に浮かんでリラックスしてるマナベ見てほっとしたよ☆またいこうな♪
マナベ おうおう 夏のうちに暴れとこうぜーい! コメントを閉じる▲
分かってきた気がする。自分で自分を幸せにするってこと。自分で自分を大切にするってこと。自分で自分をいたわるってこと。たくさんの人に言われたこと。

自分と向き合えないから、他人と向き合うしかなかった。それがいつしか過剰な期待に変わってた。余計なことを言い、過剰な評価や信頼や理解を欲した。

自立してるつもりだった。無欲なほうだし、もったいないくらい幸せなつもりだった。でも自分で自分を幸せにしてたわけじゃない。四年も、預けてたんだ。他人に。他人の存在に大事なことを全部預けてきたから、こんなに急に不安定になったんだ。ここ数ヶ月の不安定は、たくさんのことが重なったからだと思っていたけれど、むしろ私の不安定に付き合わされた方がとばっちりだったんだ。

なんとなく分かってきたら落ち着いた。何か解決するわけじゃないけど。これから改めて土台を作ってかないとな。人に委ねちゃいけないものがある。それを怠けてきたんだ。だから空っぽだったのか。空っぽになって、もがいてぐちゃぐちゃになって、ちょっとずつ拓けてきた。こんなふうに進むのか。こんなに時間がかかるもんなのか。こんなに、それと気づかないもんなのか。全然知らなかった。ほんと無関係だと思ってた。
2008/08/06 | 心にうつりゆくよしなし事 | トラックバック(0) |
前「肉を食らう」っての書いたが、また言葉が足りない。肉が好きで仕方なく、寝ても冷めても肉のことばかり考えている肉好きさんが、肉について熱く語るのを聞いてもちっとも嫌じゃないというか楽しい。肉を食らうことへの嫌悪は全くない。全く違うことをアピールするために肉を使って会話をされるのが嫌だ。ベジタリアンと聞いて、内容を良く分かっていない連中が勝手に持つイメージの逆っていうの? 神経質で考えすぎで偽善的でお堅くて計算高いようなアレ?知らないんだけどさ。その真逆なんですよ私はっていうイメージ売り込みに使われる肉好き話はうんざりすんの。ほんとにサバサバしているヤツは自称サバサバ系って言わねーからと同じような。自分らしさを演出(笑)そんな彼女の普段の顔(笑)みたいな。誰も彼もが、「ちょっとドジだけど頑張屋さん」とか目指しても仕方ねえだろうみたいな。

同じように、「他所様の目という滑稽」も語弊があって、意思や思想、哲学を語らうのは好きだ。そんなもん都市伝説なんじゃないかって思いながらも近い人間を求めてしまうとかは、自分もやっている。嫌いなのは、自分の売り出したいイメージを遠まわしにアピールされることだ。自己顕示欲が強いという事柄が苦手だ。印象っていうのは他人が持つものであって、自分で大売出ししないもんだ。自己像に必死になる前に、カラッポな中身を埋めようぜ。肉好き話も同じ。だから、肉について熱く語られた事は何度もあるけれど、それは楽しかったよ自己アピールとは無縁な話だったから。べつに肉じゃなくいてもいいんだけどさ。海好きとかカフェ好きとかにも多いんじゃないか。

だが、聞かれて答えちゃう時とかはどうしようもないよね。なんか社交辞令的な質問されたときに答えが見つからず、対して思い入れもないようなこと適当に言って自己嫌悪になることは多かった。「海が大好きって感じですよね?」「嫌いではないですが」「ですよねー海って感じですもんね」みたいな。ここで、もしや今大してそうでもないくせに海が好きって言っちゃったのかも言い方間違えたと自己嫌悪。最近全力で受け答えしてみたら、「特に趣味も好きなもんもないし、休日は家から一歩もでませんから」って一方的に完結させてしまい相手を困らせてしまった。会話って難しい。だいたい、スポーツ万能アウトドア大好き多趣味っていう第一印象どうにかなんないのか。趣味なんて家の掃除くらいすよとか言ってドン引きされるのいつもしんどい。書いてるうちに収拾が付かなくなった。


関連記事
肉を食らう
他所様の目という滑稽
2008/08/03 | 心にうつりゆくよしなし事 | トラックバック(0) |
消えてゆきがちな記憶の中で、この話が比較的いつまでも鮮明なのは、子ども心に強く思う何かがあったからかもしれないし、この出来事を気に入っているからなのかもしれない。

話はそれるが、小さい頃から独学でやってしまったままの癖で、正確なブラインドタッチというものがずっと出来ずにいる、薬指と小指が使えない。だから、キーボードを打つ時は、手が普通より左右に振れるんだが、こんなものをつらつら書いているときは、あくびのアゴが腕に乗っているから、腕と共に左右にぶんぶん動く頭が視界の隅に入って、笑える・・ (バカ犬繋がり)


団地に住んでいた頃、小汚い野良犬がふらっとやってきて、そのまま住み着いたことがあった。野良とは思えないほど警戒心がなく、誰にでも尻尾を振りなんでも喜んで食べた。自然にバカ犬とう愛称がつき、可愛がられていたようにみえた。その犬がいつもいるのが当たり前のようになった頃、誰かの家が保健所を呼んだと両親の会話から知った。放課後になると飛んで帰り、弟と二人で、先に犬を逃がす計画を立てる。首輪もリードも持っていなかったから、餌を鼻先にふらふらさせて歩かせることにした。けっこう大きな信号とかもそうやって渡ったんだから、車からはどう見えていたのか・・ 家からだいぶ離れた、山の中にあるような公園に着き、落ちていたロープでぐるぐるに木に縛りつけ、明日になったら迎えに来るから一晩だけ我慢してねと言って、なんどもごめんねと言って、日が暮れる前に弟と家に戻った。

家の入り口側が小さな公園になっていて、そこにバカ犬はいつもいたけれど、私達が戻ると、バカ犬はやっぱりそこにいて、ハァハァ言いながら尻尾をぶんぶん振って寄ってきた。あの時の脱力感と言ったら。「ああ そうだった」と思った。「この子、バカだったんだ・・」と。子どもがくくった程度じゃ抜けるのは簡単だったんだろう。もうダメだと思った。子どもがしがみついて叫んでところで、どうにもならないものはならない。いつも登っていたモミジの木の枝が切り落とされた時もそうだった。本気で怒って、木に登ったまま降りなかったけれど、小さな体でどんなに抵抗しても、強引に引き剥がされる。そうして、目の前で枝は切り落とされ、犬は殺されるのだ。日が落ちる前には保健所から人が来るだろう。今すぐきてもおかしくはない。隠す場所もないし、何よりこの瞬間も誰かが私達を見ているだろう。団地とはそういうところだ。もう諦めてしまっていた。せめて死ぬ前に何をしてやれるだろうかとか、そんなことしか考えられなかった。保健所なんか呼んだ奴に何か言ってやろうって気もなかった。大人はみんなそうだ。いつもそうだ。一つ年をとるたびに、心が腐るに違いない。話なんか通じるはずもないし、味方もいない。

そうしているうちに、仕事から帰ってきた母の車が目の前に停まった。咄嗟に叱られると思った。しかし母は、「バカ犬の貰い手見つけてきたよ〜」と言って、ニカッと笑った。泣きそうだった。もうダメだと思ってたのに、大人であるはずの、しかも自分の親が何とかしてくれるとは思ってもなかった。話を聞いたときは、大変とか、可哀想とか、なんとかしなくちゃとか、そういう感じはなかった。TVの中の事みたく話してたのに。こういうことに関しては冷たい人だと思っていた。私は子どもだし、いくらでも無茶できる。でも結果に繋がった事はなかった。大人は騒がない代わりに、こういうやりかたをするのかって思って、少し格好良いなと思えた。この人の子どもで良かったと思った。この団地には何人ものお母さんが住んでいるけれど、保健所に連絡した人じゃなく、貰い手を見つけてきた子の人の子で良かったって。
2008/08/01 | 行かふ年も又旅人 | トラックバック(0) |
聡子におめでとう電話。いっぱい笑ったらちょっとスッキリ。世の中が平和だということが良く分かった。そして操の誕生日。コンビニでケーキを買う。外に出たらどしゃ降りの雨。入る時は晴れていたのに。滞在時間は1分ほど。違う世界に出たかと思った。可愛いロウソクがなかったから、停電用の巨大ロウソクを立てる。ちょうど台風接近中だし。酷い絵になったが、それも楽しい。たくさんのバースディソングと小さなカップケーキでとっても嬉しそうだった。誘って良かった。

翌日、特集の〆に追われつつ、なんとかCSR企画書提出。なんと言われるやらすげードキドキ。でも遂にここまで来た。後は、前進するのみ。深夜に智子と一緒に由里ちゃんちに押しかけ、景子ちゃんと再会。やー変わってない。そうめんをいただいた。そうめんを小分けにしない派が多数で驚く。飲んで騒いで、翌日はビーチパーリー。犬連れで瀬名波ビーチへ。犬連れはやはり疲れる。今日も五名超の犠牲者(他人含)。ほんとうに恥かしい。どうやるんだろう躾。海辺を静々と散歩したいもんだ。手伝いもろくにせず、適当に浮いてずっと寝てた。よくないねこういうの。焼きそば食いっぱぐれて悲しい! メインディッシュがー。那覇戻って夜まで飲んで、翌日今帰仁へ。やー大豪邸だった。お嬢様だったんだなあ。山の匂いがする。手料理はあれもこれも美味しい。果物もいっぱい。また真っ先に寝た。なんなんだ最近。たぶん帰沖してからずっと胃腸がおかしい。パンパンにはれてるし、どうやらまたストレス溜め込んだぽい。アホだ。原因がありすぎるし仕方ねーか。リニューアルとCSR終えて肩の荷は下りたんで、これから回復に向かうだろうきっと。美味しい朝ごはんと、土産にポーク卵にぎり持たせていただいて、空港までお見送り。元属していた世界にいつまでも暖かく受け入れられるというのは人徳だよなあ。自分にはいくつ帰れる場所があるだろう。そう思うと情けない。華がある人っていいな。自分みたくトゲトゲしてるのは、一緒にいると疲れて仕方ないだろうな。由里ちゃんちに戻り、懐かしのシチューをいただく。ビールだばだば飲む。三連休楽しんだ。

その後は大人しく。とにかく胃腸が腫れ上がっちまうと、栄養摂取が上手くできないようだ。喉に痛みを感じると思ったら、きっとこれ口内炎。もうどうしたらいいか・・ 早めに帰れたんで、超久々に自炊とか。飯とかつくってられるようなテンションじゃなかったんだよずっと。でも、今年の浪費も普通じゃないし、少しは自粛せねば。腹に白菜が良いと聞き、もずくとスープにして、先々週のビーチパーリーでいただいたカツオが凍ったままだったから火を通して、あと同じ日にいただいた、守口漬を切って食べた。なんというか、濃ゆいんだが癖になりそうな味。エゴマ味噌漬の時を思い出すというか・・ 調べてみたら、最後に粕漬けつくれるみたいじゃないか。大好きなんだよなーあれ。魚で一番好きな味だ。やってみよう。失敗する予感がぎゅんぎゅんするけど。いいんだ。ミッキーとアリエルのクッキーも、朝食代わりに美味しくいただいた。ここのところ連日会った。新しいおやつを貰った。来月からは職場が変わるんだよね。なんでこんなに寂しい気持ちになるんだろう。どうせもう二度と行くこともないのに。あの店で何も知らないまますれ違っていたこととか、仕事終わるの外で待ってたこととか、迎えに来てもらったり、付近の店が変わっていくのを眺めて、仕事上がりに向かいで飯食って、あの辺ぐるぐる周って、駅で降ろしてもらって野宿して、そんな場所だったんだ。だからなんだっていうんだ。もうないんだなって。あの駐車場でばったり会うことなんて。いやいやどっちにしろないんだよもう二度と。だから変わんねーっしょ。

CSR案を元に会議。上出来だと言ってもらえた。思想のズレは大いに感じるが、大事なのはそこじゃないから大丈夫。来月から実行に移すことになり、それ用の企画書を再提出。少しずつ進んでいる。先を思うとドキドキする。つまずかないように。これからたくさん疎まれて、陰口叩かれるんだ。でも、そんなの気にせずに、なるべく上手くやろう。沖縄中を変えるきっかけになるかもしれないんだから。

先日、大幅な編成替えが発表された。これはなかなか先が見えない展開に。そのタイミングで母ちゃんから付けられた首輪が壊れた。不安になり電話すると、婆ちゃんと三人で群馬にいた。ちょうど乾杯したとこだったらしい。外ではカナカナ言っているよと、それだけで、光景も音もぶわっと浮かんだ。あのダムの前・・。懐かしいな。もう何年行ってないだろう。最後に行ったのは、聡子とだったろうか。事情を話すと、首が落ちたのか?と言われた。そんなはずは・・ 何事もありませんように。さすがに来週からの編成に動揺し、同僚と飲みに。けっこう飲んだ。楽しかった。そのままぶらんきぃ寄ってけっこうな時間まで飲んじった。おかしいな、早く寝たかったのにな。明日も仕事だ。

あれもできない。これもできない。やっても仕方ない。やる必要がない。自分がすべきことじゃない。他の人が悪い。偉い人がわるい。誰かがやればいい。自分は悪くない。こういう台詞聞くの苦手。できないことよりできること数えりゃいいのに。持ってないものじゃなく、持ってるもの数えればいいのに。でも模索中なんだよなきっと。最近メディアもそういう傾向らしいし、それでできることとかできないこととか一生懸命考えてんだよな。そう思えば悪くない。見つかるといいねちょっとずつ答えが。てか仕事に置き換えれば自分も似たようなもんだな。

数日前、つぶ餡の水羊羹をいただいた。夏っぽくて幸せ。冬はなんといっても汁粉だけど、夏はやっぱりぜんざいと水羊羹だ。ドラ焼き おはぎ 団子 生姜煎餅 ところてんー。
2008/07/27 | 島暮らし | トラックバック(0) |
りさ そうめん小分けってどーやるの?(知らなかった一人ですw)
一人ずつ皿を分けるってことかなぁ。。

胃は少しは良くなった?
お大事にしてね〜〜^^
マナベ 久しぶり〜!
小分け蕎麦とかコンビニに売ってるよねー?
水と氷にさらして出す派と分かれるみたい!

一般的な胃腸不良と違いすぎて良く分からんのだが、なんだろうね。年なだけかも!
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仕事が一段落したので、家の掃除にも身が入る。慌しい連休中に掃除も済んで、出勤早々職場の冷蔵庫の霜取りと掃除をした。清々しい。みんな申し訳なさそうにするけれど、私は楽しい。なぜこんなに掃除が好きなのかーと思う。で、清掃中だけは、間違えていないって思えるからなんじゃないかと思った。業務時間内にこんなことして、実務に支障をきたすし、全然間違えてるんだけど。あとやり方を間違えちゃうこととかも多々あるんだが。重曹を畳に付けて変色させてしまったり。そういう失敗はたくさんあれど、生きてるなかで掃除をしている時が最も迷い、いや、自己嫌悪を持たなくてすむ。

正解なんてないと知りつつも自分への問いかけを止められない。言葉を呑んでは嫌悪し、言葉にしては嫌悪し、仕方なしにこうして文字にしては嫌悪し、率先して何かをすれば、でしゃばりすぎたと凹み、悠長にしていれば、もっと早くできることがあったのにと凹み、寝ても冷めても絶え間なく襲われる。多分その時々、どんな選択をしたとしても襲われるような気がする。後悔をしたことはない。それは明日へ続くものだから、あの時ああしていればとか、あの日に帰りたいとかは思わない。ただ、次回は気をつけようと思う。でも次回も上手くいかない。そんなこと繰り返してたらどうしたらいいのか分からなくなった。人と接することさえ怖いと思ってしまう。磨かれた自分だけの空間にいるとほっとする。毎朝そこから出たくなくなる。反省もむなしく、毎度同じような展開を向かえ、それなら私は素でそういうやつなんだよ。これでいいじゃねえかと何度思い込もうとしても上手くできない。自分で自分が鬱陶しいと、誰もが自分を鬱陶しいと思っているように感じてしまうのかな。被害妄想は持っていないと思う。悲観もしていないと思う。ただ事実を冷静にみようとしているだけだと。ということはどういうことになるのかな。ウザイ人枠に自分がいることが不満なのかな。敢えてそうやってるくせにーって思ってきたところが間違えてるのかもしれない。本当はその枠に納まるのが嫌で、でもそういう人間にしかなれないし、抜け出しようもないのに、敢えてやってるくせに自分ーとか思い込んでるあたりがおかしいのか。敢えてやってんじゃないの。そういう人だからそうなっちゃうの。それ以外のモノにはどうやってもなれねーの。生まれつきなの。努力とか根性とか成長とかそういうレベルの話じゃねーの。そう思えば落ち着くかな。結局自覚してないんだよな。次回は気をつけようとか思ってるあたり。気をつけられるわけねーんだよ。lどんなに足掻いても抜け出せないとこにいんだよ。そういう性質に生まれたんだよ。まっとうな人間になんてなれっこねーよ。こういうのに襲われなくてすむんだよね掃除してると。

追記

というかなんかさ。日常会話というか身だしなみというか、素のオネエが一番の原因な気がした。したっていうか、ここに入社してからずっと思ってんだけど。公私の使い分けができてねー自分が一番悪いんだけど。でも元々公でも私でもあったわけで・・ 使い分けるという事が極端に嫌いだ。二面性とか裏表とか本音と建前とか嫌いなんだよ。大概どこでもまんま受け入れてもらえてきたし、まあ今思えばそれが若さなんだが。イベントのりのキャラ作りならちゃんとできるだけどさ、日常的には難しい。特にプライベートだと。飲みとか。下っ端の時は問題なかったけど、ある程度年食ったせいで、言う必要もないキツイこと言ってる感じになるんだよなあ。単に愛のある突っ込みなんだが。それがウザイんだよな。分かってんだけどさ。もうマナーみたいなもんになっちゃってるからさ、特に酒入るとねえ。ついね。流すとかありえんしね・・ で、やっぱり自分以外にもオネエはいるわけだが、年を重ねるほど、キツイ人扱いにくい人という評価になってくんだよな。若ければ若いほど面白がられるの。だって下っ端がキツイこととか言ってもボケにしか見えないし。清く正しい一般女子との会話がこれほど難しいとは。いや単に自分に思いやりがないのをすり替えてるだけかも。礼を持って構ううちら。構われるのを嫌う一般人。寂しいのかな、おらたちはさ・・
2008/07/23 | 心にうつりゆくよしなし事 | トラックバック(0) |
何年もいろいろな角度から思ってきたことを簡単にまとめると、生れ落ちた時から、抱えきれないほどたくさんのモノを持っていて、わけが分からなかったということになるんだろう。何も無い状態からひとつずつ拾っていく気持ちを知らなかった。十しかモノを持てない人が、最初から二十も持っていたら、新しい感動はなかなか入ってこないし、その二十さえ把握できない。把握できないから、なかったことになり、わけがわからなくなった。というのが、先進国でごく一般的な家庭に五体満足で生まれた私なんだろう。そんな狂った状態で、ないモノを数えるような生き方をずっと捨てたかった。かばんの中をよく眺め、必要でないモノは手放し削ぎ落とし、多くを望まず、手の中に残った十のモノを、なんどもなんども繰り返し眺めて、最後のひとつになるまで大切に育てていけるような、そういう暮らしを、生き方をしたかった。大した収入もなく、肩書きも評価もなく、自由に使える時間も少なく、恋人も同居する家族もいない、趣味も夢もない、家電も車もない、将来への保障もない、傍から見れば底辺にみえるような私の暮らしが、削ぎ落とせば落とすほど充実していくのは、そういう理由なんだろう。

使い捨ての世界だ。モノも人も関係も使い捨てる思想が知らずに広がっている。私もそういう時代に育ち、むしばまれている。もうそういうものに侵されたくはない。いや、今まで侵された分だって時間をかけて取り返したい。これ以上欲するモノなんてない。だって私は、自分の手の内にあるモノを、未だにちゃんと大切にしきれずにいる。そんなこと言いながら、頑張り過ぎなくてすむ大義名分がいつも必要なだけの人間なのかもしれない。こればっかりは、どこまでが無意識なのか、自分では分からない。
2008/07/20 | 心にうつりゆくよしなし事 | トラックバック(0) |
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